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【検索用 いきてるいみかわからない 登録タグ VOCALOID い しろくろ 初音ミク 曲 曲あ 神様うさぎ】 + 目次 目次 曲紹介 歌詞 コメント 作詞:神様うさぎ 作曲:神様うさぎ 編曲:神様うさぎ 絵:しろくろ(Twitter) 唄:初音ミク 曲紹介 曲名:『生きてる意味がわからない』(いきてるいみがわからない) ボカコレ2022秋TOP100ランキングにて69位を獲得した。 歌詞 (配布テキストファイルより転載) ボカロ曲のせいで 人としてだめになりそうだよ 繰り返すGIFの海 脳死したままで踊る 嗚呼、画面の端から流れるpngに 明るい未来を重ねてみるけど 黄熱のように今夜も疼いてる君の笑顔が 痛いよ あの時の下書きが 笑って 生きてる意味がわからない ねえだれか 愛したって ばいばい ばいばいですか? さみしくって さみしくって さみしくって 今日も今日も同じ笑顔にさようなら 生きてる意味がわからない ねえだれか 信じたって ばいばい ばいんばいですか? かなしくって かなしくって かなしくって 今日も今日も同じ笑顔に”さようなら” 左スワイプで 性格も人生も再起動 刹那の快楽に作り笑いをコピペしてる Q,“ユメ” はありますか? A,あるともないとも言えません 今日も 勇気ないくせに かまってもらいたくて シニタイってつぶやいてる 生きる意味がわからない ねえだれか 愛したって ばいばい ばいばいですか? さみしくって さみしくって さみしくって 今日も今日も同じ画面に溺れてく 生きてる意味がわからない ねえだれか 信じたって いいの? いいのですか? かなしくって かなしくって かなしくって 今日も明日も同じ笑顔にさようなら コメント 名前 コメント
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どれが恋かがわからない 登場人物 コメント 奥たまむしによる漫画作品。 『コミックキューン』(KADOKAWA)にて2021年10月号から連載中。 登場人物 ジャローダ:空池メイ 某主人公の名前から スワンナ:白沢リリ 特性:はとむね コメント 名前 コメント すべてのコメントを見る
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チェスの練習はどうやるかわからない ギターの弾き方がわからない 写真の撮り方がわからない ガーデニングのやり方がわからない 結婚できない 実績解除が難しい 基礎系 Q:バースデーケーキって何処よ? A:スーパーで購入することもできますし、購入モードからも購入できます。 Q:シムの名前を変えたい A:市役所に行くことで変更できます。但し、夜間は営業していません。 Q:「家族の所持品に○○が追加されました」と表示されたが、何処に? A:購入モードの3つ目のタブを開いたところが「家族の所持品」です。 Q:コレクションヘルパーの使い方がわからない A:建築モードにして部屋に置く→ツールの収納庫でしまう→「家族の所持品」の「世帯」の中にあるので、□を押してシムの方に移動させる。シムの所持品に入れておかないと効力は発揮されない。 Q:神々の食事が作れない A:「~を用意する」ではなく「~を食べる」→「もっと」→「神々の食事」。一人分でないと料理できません。 Q:パーティーを成功させるコツ A:特質「パーティーアニマル」や「魅力的」を持つシムだと成功しやすい。パーティー用のテーブル(パーティー用の料理を出せる。$250。パーティーが終わったら片づけよう)やバルーンを置いて装飾するのも良い。音楽を流すとダンスができるので活用しても。招待客に積極的に話しかけ、良いムードレットを作り出すこと。 Q:他のシム(友達や結婚相手)と一緒に住みたい A:フレンドリー系の会話を続けていると「引っ越してくるように言う」のコマンドが出るので、これを使う。ロマンチックな会話では出ない。 ※世帯に空きがあることを確認しよう(世帯は6人まで)。 Q:引っ越ししたい A:自シムの携帯電話から「引っ越す」を選ぶ。 Q:会話のコツ A:シムは同じ会話が続くと退屈してしまうので、色々な内容の会話を織り交ぜながら話すこと。 特質「口達者(会話内容が増える)」「魅力的(友達になりやすい)」を持っていると有利。 金庫破りになりましたが物を盗めませんやり方教えてください - 名無しさん 2010-12-28 00 01 02 特質が2つしかついてない他シムとは結婚できない?? - 名無しさん 2011-03-05 21 43 11 暖炉のアップグレード(耐火性)がどうしてもできません。。。やっぱりバグですかね? - 名無しさん 2011-07-22 03 03 47 結婚相手がプレイヤーの家にきま。なぜかおしえてください。ちなみに相手を入れても世帯は5人ですせん。世帯にも追加されません - 名無しさん 2012-05-27 00 49 47 チーズの苗 - 名無しさん 2013-07-02 23 07 20 こんにちわ、最近シムズ3初めまして、ユーじの店やライブハウスを他の町でコピーしたのを、今すんでる町に張り付けたいのですが、 コピー張り付ける選んでも貼れません。どうしたらいいでしょうか - ちぃやんです。 2013-11-05 17 34 28 こんにちわ、最近シムズ3初めまして、ユーじの店やライブハウスを他の町でコピーしたのを、今すんでる町に張り付けたいのですが、 コピー張り付ける選んでも貼れません。どうしたらいいでしょうか - ちぃやんです。 2013-11-05 17 35 41 家を一から作り直したいけどできないどうやるの - ((( - )((( - )((( - ) 2015-01-31 14 35 20 パーティーを成功させるコツはありますか。 - シムズ好き 2016-03-09 19 27 35 暖炉を設置すると火事になってしまうんですが、どうすればいいんですか。 - シムズ好き 2016-03-10 00 22 09 名前 わからない事があればこちらに記入してください。
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769 名前:NPCさん[sage] 投稿日:2008/11/01(土) 17 54 15 ID ??? 上映や元ネタといえば。 昔鳥取でオレがメインでGMやってるとき、 PLの一人が「こんなシナリオを作れっ」 てエスカフローネとかいうアニメのクライマックスを、 一話だけみんなの前で上映してな。 正直その行為の意味がわからなくて苦しんだ。 いまもわからん。 スレ205
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50 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/09(金) 16 37 27 ID TmKKkU8J 人の居なくなった放課後の教室で、私はひとり自分の席に座っていた。 開け放たれた窓からは、冬特有の冷気を帯びた暖かい風がカーテンを揺らしていて、とても心地が良い。 今日は休みなのか、いつも聞こえる運動部の喧騒も、グラウンドからは聞こえない。教室内にはカーテンがはためく音が聞こえるだけで、不気味なほどに静かだった。 この世界で自分しか居ないみたいだ、なんてありふれた言葉が頭に浮かぶ。こういう言葉は嫌いじゃない。 私はそこで思い出したように、ポケットに入っている便箋を取り出した。 いつもなら、授業が終わると真っ直ぐに帰宅してしまうようなこの私が、こんな誰も居ない教室にひとりで残っているのには理由がある。この一通の手紙が原因だ。 今朝、いつものように登校してきた私は自分の下駄箱にこの便箋が入っているのを発見した。便箋は上履きの上に丁寧に置かれていて、まるで私のことを待っているかのようだった。 昨日下校した時はこんな手紙を見ていない。ということは昨日私が帰った後に入れたか、それとも今日の早朝に私が来る前にでも忍ばせたのだろう。 どちらにしろ、無視する訳にはいかない。 私はそれをポケットに入れて、そのまま教室には向かわず、人気が少ない非常階段で一人便箋を確認した。 便箋は青色の可愛らしい花の模様がついたもので、宛先のところに“鳥島くんへ”と私の名字が書かれていた。 中に入っている手紙も同様に、青色の四方に花がプリントされているものであり便箋とセットであるのがわかった。 手紙には私に放課後、教室に残っていて欲しい事が簡素に書かれていて、刻まれている丸っこい筆跡から、差出人が女子であることが推測出来た。 一体、何の用なのだろう。そんな疑問が頭に浮かぶが、私はこれを無視する理由も無かったので、結局こうやって放課後に待つことにしたのだ。 風がいっそう強く吹いた。 私は取り出した便箋の中から手紙を抜き出し、書かれている女子特有の丸っこい文字の羅列を眺めながら、手紙の差出人について考える。 51 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/09(金) 16 38 27 ID TmKKkU8J 手紙には差出人の名前が書かれていない。それが書き忘れなのか、故意にやっているのかはわからない。しかし、私はそれが一番に知りたい情報だったので少し残念だった。 名前の有無は重要だ。名前が無いということは差出人がわからないということなのだから。 差出人がわからないと呼び出した理由についても全く予想が出来ない。名前が無いせいで、朝からずっと何故呼び出されたのかを考えているのに私に全くわからなかったのである。 何故、私を呼び出したのだろう。 相手が誰なのかがわからない。なので予想しようにも出来ないのだが、それを差し引いても私には、誰かに呼び出されるような理由なんて全くなかった。 私はクラスではあまり目立つほうではない。友人は居るが、どれも皆浅い関係に留まっており、親友と呼べるような存在も居ないのだ。 特に女子とは全く会話をしていない。 高校生というものはクラスではあまり男女が仲良くしないものだ。仲良くするのはあくまで学校外である。私もその暗黙の了解にきちんと倣っていたので、高校で女子と話をしたことなど、斎藤ヨシヱを除いて数えるほどしかなかった。 だから、今日私を呼び出した相手も、おそらく男子なのだろう。 私以外誰も居ない、空になった教室を見渡した。誰もいないということは、呼び出されたのは私だけということになる。つまり、私個人に用があるということだ。 教師に放課後呼び出されるのとは勝手が違う、つい幾らか警戒してしまう。 私は黒板の上に設置されている時計を見る。短針はもうじき6を指そうとしていた。そういえば、いつの間にかカーテンの隙間から差し込む夕日も黒みを帯び始めていた。あまり遅くなって欲しくないな、と私は思った。 それから、廊下からぱたぱたと誰かが歩く音が聞こえてきた。 私は手紙を再びポケットにしまうと、じっと教室のドアを見つめ、来訪者を待った。 ドアがカラカラとローラー音と共に開く。 現れたのは随分と身体の小さい、小動物を連想させるような少女だった。髪は肩程までに短く切られていて、その小さな顔には不釣り合いな程の、大きな黒縁眼鏡をかけられている。 彼女には見覚えがあった。確か、同じクラスの田中キリエだ。 「ご……ごめんなさい。いきなり呼び出したりしちゃって」 田中キリエは申し訳なさそうにそう言った。 52 :名無しさん@ピンキー:2010/04/09(金) 16 39 41 ID TmKKkU8J 謝罪したその声は、彼女の印象に違わないとても小さな声だった。注意深く聞いていないと、聞き逃してしまいそうなほどである。その口ぶりからするに、どうやら呼び出したのは彼女で間違いないようだ。 彼女は後ろ手でドアを閉めると、私の近くまでとことこと歩いて来た。 そして、そのまま彼女は黙りこくってしまう。時折私の顔をちらちら見たりはしているが、何も話さない。 彼女は指を弄ったりしていて、どうにも落ち着きがなかった。それに、顔も少し熱気を帯びているようにも見えた。もしかしたら風邪気味なのかもしれない。 当の私はまさか差出人が女子だとは思っていなかったので、田中キリエの登場にかなり困惑していた。 それから疑問に思う。何故田中キリエは私を呼び出したのだろう。彼女と私はあまりに共通点がなかったのだ。 田中キリエに限らず女子全般に対してそのことが言えるのだが、彼女とはせいぜいクラスが同じというだけで、今まで話をしたこともなかったはずだ。決して、放課後に呼び出されるような関係では無い。 それに、田中キリエは自己主張の少ない、友人の話に微笑んで相槌を打っているような静かな少女である。そのためか、人を呼び出すという行為自体が、私にはどこか不自然に感じた。 「あっ……あの、もしかして……迷惑でしたか?」 無意識の内に難しい顔をしていたのかもしれない、田中キリエは怖々といった感じでそう尋ねた。 「いえ、そんなことはありませんよ」 私は即座に笑顔で応じる。この手の性格は不安や緊張感を抱かせてしまうと話が円滑に進まない場合があるので、彼女を不安にさせるのはあまり得策ではなかった。 「……よかった」 田中キリエは安堵したようにそう言うと、また黙ってしまった。 カーテンの音がうるさいと感じるくらい、静かだった。 このままでは拉致があかない、そう思った私は仕方がないので自分から話し掛けることにした。斎藤ヨシヱを除いて、女子と話をするのは得意ではなかった。 「田中さん……でしたよね?」 「はっ……はい」 「どうして私を呼び出したのでしょうか?呼び出すということは、何か私に用があるはずでしょう」 流石に用もないのに人を呼び出したりはしない筈だ。 「えっ、あの、それは……」 本題に入ろうとすると、田中キリエは明らかに動揺してしまい吃ってしまった。 53 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/09(金) 16 42 22 ID TmKKkU8J 人には言いにくい話なのかもしれない。ここは下手に話し掛けたりせずに、黙って彼女の言葉を待った方がいいな、と私は思った。 黙って彼女の言葉を待つことにする。 「…………」 長い沈黙が流れた。 ふと時計を見ると、短針は6と7の間にまで移動していた。体感しているよりも時間が経っているようだった。 いつの間にか夕日も既に消え、漆黒の闇が徐々に教室を侵食し始めている。 教室も暗くなってきたので、私は電気をつけようと思い、一歩、足を踏み出した。 その行動が彼女に、私が帰ってしまう、と感じさせたのかもしれない。 とにかくその一歩が彼女が話し出すきっかけになったのだろう、唐突に田中キリエが言った。 「……好きです」 呟くような声だった。あまりにも小さい声だったので今のは独白ではないかと思い、私は再び尋ねた。 「今、好きだと言いましたよね?」 無言で頷く。どうやら独白ではないらしい。 「誰が、好きなのですか?」 私が再び尋ねると、田中キリエの身体が一際大きく震えた。それから彼女は搾り出すように言う。 「……あ、あなたです。……鳥島くんです」 私はびっくりした。 「私がですか?」 「……はい」 「……」 「だから、その……良かったら、私と、あの、付き合ってください……」 言いたいことは言い終えたのか、田中キリエは顔を真っ赤にして、これで終わりだと言うように俯いてしまった。 そんな彼女に告白された私は、素直に驚いていた。 54 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/09(金) 16 43 23 ID TmKKkU8J 彼女が私の事を好きだという事実が頭の中でぐるぐるしている。まさか告白されるとは思っていなかった。 いや、冷静に考えてみれば今朝の手紙といい今までの彼女の態度といい、確かに告白するための伏線はしっかり張られていたのだ。気づかない私のほうが鈍感だったのだろう。 しかし、そんな私を責める者はひとりもいない筈だ。私は先程も述べたように女子とは交流の全くない、地味な一介の男子学生なのだ。 そんな者が、誰かに告白されるなんて普通は考えもしないだろう。勿論、異性から告白されるのも、私はこれが初めてだった。 ――しかし、どうして。 私は目の前の田中キリエを見る。彼女の背はとても小さいので自然と見下ろす形になってしまう。 室内は既に暗くなっているため、その表情までは伺えないが、赤くなっているのだろうと私は勝手に考えた。 顎に手を当てて逡巡する。今まで、恋愛沙汰からは程遠い存在だと思っていた自分は、そういう恋愛事について真面目に考えたことはなかった。 正直、田中キリエのことはよく知らない。彼女は私のことを知っているのかもしれないが、私は知らないのだ。 相思相愛など、今時の恋愛事情からすると夢物語になりつつある。 基 55 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/09(金) 16 46 08 ID TmKKkU8J 基本的に恋愛というものはどちらか片方が好きになって、片方は大して好きでもないが、とりあえずオーケーして付き合ってから相手のことを徐々に知っていく、といったスタンスになっている。そんな風に付き合う友人達を私は多く見てきた。 そのことについてとやかく言うつもりはない。相思相愛など、今でも昔でもそれこそ稀なのだから、寧ろそういうほうが普通なのだろう。 だから今、私もとりあえず付き合うといった選択肢をとれるのだ。 けれど、私の答えは告白された時から、ずっと決まっていた。 私は居住まいを直し、きちんと彼女向き直ってから言った。 「御気持ちは凄く嬉しいです。」 田中キリエは黙っている。 「誰かに告白されるなんてことは初めての体験でしたからね。正直、夢のようです。ですが、すいません。私は貴女とは付き合えません」 私は、彼女の告白を断ることにした。 第一の理由としては、私はまだそういう恋愛事をうまく理解していなかったからだろう。第二に、私は誰かに好かれるような人間ではない、と思ったからだ。彼女はあまりに私を知らない。 56 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/09(金) 16 47 05 ID TmKKkU8J 返事を言い終えると、彼女はハッと息を呑んで私を見上げた。その顔はまるで世界の終わりみたいに絶望に歪んでいる。本当に、今にでも死んでしまいそうな表情だった。 罪悪感がちくりと私の胸を刺す。 そんな罪悪感と同時に、私は少し彼女に対して違和感を感じた。なんとも形容し難い、微妙な違和感が。 しかし、大して気にもならなかったので無視することにする。 しばしの沈黙の後、田中キリエは無理矢理口端を上げて、力なく笑ってみせた。それは随分と痛々しい笑顔だった。 「ははは……そう、ですよね。あの、本当にごめんなさい。勝手に鳥島くんのこと好きになっちゃって……ほんと……わたし、迷惑ですよね……はは」 みるみる彼女の目に涙が溜まっていく。私の心もちくちくと痛む。 「迷惑なんかじゃなかったですよ。先程も言いましたが、お気持ちは凄く嬉しかったです」 なら、なんで断るんだ。などと彼女は当然言わない。 暫くの間、田中キリエの嗚咽だけが教室に響いた。私は只、彼女のことを見ていた。 それからして、漸く落ち着いたのか、彼女はその大きな黒縁眼鏡を外し、涙を拭ってから静かに言った。 「ほんとっ……ごめんなさい。今日のことは、その、忘れちゃっていいですから。……これからも特に、私のことは、意識しないで、普段通りに、接してくださいね」 接するも何も、貴女とは接したこともないだろう、とまず思った。それに、忘れてしまっていいというのも、何とも奇妙に感じた。今のは彼女にとっては忘れてしまってもいいような行為だったのだろうか。 そして、軽く私に会釈してから、彼女は逃げるように教室を出て行ってしまった。 結局、田中キリエは私が断った理由を聞かなかった。 彼女の足音が聞こえなくなってから、私は時計を見た。暗闇のせいで見えにくくなっていたが、短針が7を指しているのをなんとか確認した。 この時間ではもう斎藤ヨシヱは帰ってしまっただろう。彼女に今日の事を相談したいと思っていたが仕方がない。明日にしよう、と私は思った。 私は机の上の鞄を取り、教室を出た。そこで思い出し、教室に戻るとポケットから田中キリエの手紙を取り出す。 私は手紙をドア近くに設置されていたごみ箱に捨てると、今度こそ教室を出た。
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105 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 44 47 ID +7NZkhJf カタンカタンと、電車は一定のリズムを刻んで進んで行く。 夕方時の静かな車内は、凍てついた外界とは対照的に暖かい。 ふくらはぎを撫でる温風が、私の冷えた足を温めようと躍起になっていた。 車内の席は全て埋まっていた。 帰宅途中の学生、うたた寝している老人、くたびれたスーツを着た中年サラリーマン。みんな、どこか疲れた顔をしていた。窓から差し込む夕日が、顔に影をつくっているからかもしれない。 私は、心地良く振動する座席に身を預けて、ぼんやりとそれらを眺めていた。 一瞬、自分が何をしているのかわからなくなる。 いきなり違う世界に放り込まれたような、そんな感覚。 けれど、まだ咥内に残る鉄の味と右側頭部の疼痛が、そんな私を叱咤した。忘れるな、と。 そこで思い出す。 そうだ。私は今田中キリエの所に向かっているのだった。 水面に浮かび上がっていく気泡のように、じんわりと思い出されていく記憶。 まず思い浮かんだのは、昼休みに見た、マエダカンコの穿いていた下着だった。意外と子供っぽいデザインだったのをよく覚えている。 次に思い出したのは、彼女から喰らった回し蹴りだ。あれは痛かった。気絶するかと思った。 そんなことを回想しながら、私はハーっと息を吐いて、さらに深く座席にもたれかかった。 油断するとそのまま眠りに落ちてしまいそうだった。私は昔から乗り物に乗ると眠くなる癖がある。そして、未だにその癖は治っていない。 私は靄がかかった思考で、ゆっくりと今日の放課後のことを回顧した。 マエダカンコとのちょっとしたやりとりを。 106 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 45 22 ID +7NZkhJf 今日の放課後のことだ。 「鳥島タロウ居るか?」 突如、教室内に響き渡ったハスキーボイスはクラスの和やかムードを一瞬で瓦解させた。 同時に、教室の時間をも止まらせた。 時間を止まらせた、というのは決して比喩などではない。文字通り本当に止まったのだ。 机に座って談笑していた生徒も、教科書やノートを鞄の中に詰め込んでいた生徒も、今から部活に行こうと意気込んでいた生徒も、みんなピタリと、まるで蝋人形のように固まってしまった。凍り付いたと換言してもいいだろう。 教室の温度も一気に下がった気がした。もしかしたら暖房も止まってしまったのかもしれない。 そんな、一気に大氷河期にへとタイムリープしてしまった教室の中。当の私は机の下に隠れていた。 咄嗟の判断である。彼女の声を聞いた瞬間に身体が自然に動いていた。これは手を抜かずに真面目にやってきた防災訓練の賜物だと思う。 私は机の脚を両手で握りしめ、少しだけ顔を上げてみた。 ハスキーボイスの発生源、マエダカンコはギラついた目で教室を一周させた。しかし、私に気付いた風ではない。 どうやら、この瞬時の機転により彼女の位置からでは私が見えないようだった。 これは千載一遇のチャンスだ。 私は机の下から、こっそりと机上の鞄を持ち込むと、彼女のいない方のドアまで、腰を屈めて歩いて行こうとした。 「おい、そこのお前。鳥島タロウの席はどこだ」 疑問形なのか命令形なのかイマイチわからない口調で、マエダカンコは近くの女子に尋ねていた。 女子生徒はヒッと軽い悲鳴を上げてから、震える声で言った。 「あ……あそこに……」 と、指を指すその先には当然の如く私が居た。 隠れているものもピンポイントで見られては見つかってしまうものだ。 「鳥島タロウ、来い」 今度は間違いなく命令形だった。 「……はい」 私は立ち上がって、のろのろと彼女のもとへと歩いていく。 クラスメイト達は固まりながらも視線だけは私に向けていた。 尋問されていた女子が申し訳なさそうに私を見ている。彼女を責める気は毛頭ない、あんな風に聞かれては誰だって答えてしまうだろう。 なので、私は安心させるように、にこりと微笑んでやった。 こうして私は、赤紙を出された次男坊のような心持ちで、マエダカンコに再び拉致されていったのだった。 107 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 46 32 ID +7NZkhJf 彼女に連れて来られたのは、私が昨日、田中キリエの恋文を読んだ場所でもある非常階段であった。 また自販機前だろうと思っていた私は少々拍子抜けをした。 「言い忘れたことがあった」 と、マエダカンコは切り出す。 「昼休みのこと、キリエには黙っていろ」 簡潔に出された彼女の勅令に、私は「はあ」と曖昧な返事をした。そして、一応助言してやる。 「それは構いませんが、仮に私が黙っていたとしても、結局は田中さんに伝わっちゃうと思いますよ。私とマエダさんが昼休みに会っていたことは、それなりに広まってるみたいですし」 さっきの教室での級友達の態度を見ればわかるだろう。 しかし彼女はあっけらかんな態度で続けた。 「違う。私が言ってるのは昼休みにお前と会ったことじゃない。昼休みにお前と話した会話の内容だ」 「会話の内容?」 私は問い直す。 「ああ。キリエに関する会話全てだ。後それとお前、私のことをマエダさんとか馴れ馴れしく呼ぶんじゃない」 「わかりました。それじゃあ、カンコさ――ごぐぁっ」 無言で腹パンされた。 「次、その名で呼んだら殺すからな。と、話を戻すが、要は私がお前にキリエと付き合えと指示したことをキリエには言うなってことだ」 あれは指示じゃなくて脅迫ではなかろうか。なんてことは言えない。 「あくまでキリエに告白し直すのはお前が自分で考え、自分で判断した、全くの独断ということにしろ。私のことを聞かれても一切合切話すな。わかったな」 マエダカンコはそう念を押したが、私には彼女の言いたいことがイマイチわからなかった。 「どうして話しちゃいけないんですか?」 「はあ?」 彼女は呆れた目で私を見た。出来の悪い生徒を見るような目だった。 「何言い出すかと思ったら……。あのなぁ、今日いまからお前がしに行く告白がお前の意思じゃなく、私の指示によるものだってことをキリエが知ったら、私が無理矢理お前に告白させたみたいでキリエも素直に喜べないだろうが。そんなこともわかんないのか?」 「なるほど」 私はポンと手を打った。実を言うと、よくわかっていない。 108 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 47 10 ID +7NZkhJf 「わかりました。つまり、昼休みのことを田中さんには話すなということですね。ですが、それでは昼休みの逢い引きはどう説明――ぐごぁっ」 「逢い引きじゃねえだろーが。さっきから思ってんだが、わざと言ってんのかテメェ。そうだとしたらマジで殺すぞ。 「昼休みのことは、もしキリエがそのことを知ったら、私から適当に話しておく。お前のことがムカついたから殴った、とでも言うさ」 「……わかりました」 ムカつくから殴った、で彼女は納得するのだろうか。 「話はこれで終わりだ。わかったんならさっさとキリエのとこ行ってこいよ。それじゃあな」 そう言い残して、彼女は台風のように去っていったという訳だ。 とまあこんな感じのことがあって、私は今のように、いつも利用する路線とは別のものに乗り込んで、殊勝にも田中キリエのもとへと向かっているのだった。 電車の速度が徐々に落ちていき、噴出音と共に扉が開いた。 ご老齢の方が乗り込んできたので、私は席を譲った。 ありがとうございます、と礼をされ、それに笑顔で返した。 そのまま扉近くまで移動し、高速で変化していく光景を眺める。 今まで告白云々と色々語ってきたが、正直、田中キリエが告白を受け入れてくれるかどうかも、私にはまだわからなかった。 なにせ、私は昨日一度彼女の告白にノーと言っている。 そんな男が昨日の今日で、やっぱ付き合ってください、なんて言っても彼女からしたら、今更なんだと思わざるを得ないだろう。断られる可能性だって決して低くはない。 まあ、自分としては今後のことを考えると、断ってもらったほうがいいのだけれど。正直、マエダカンコのことを考えるとこの先気が重い。 でも、仕方がない。 私は思う。 これが青天の霹靂であるにしろ、ともかく、私はもう約束してしまったのだ。こうなれば、もう乗りかかった船だ。与えられた任務は最後まで遂行しようと思う。 そう私が決意した時、ちょうど電車は踏み切りの前を過ぎった。 カーンカーンと情けなくなっていく電子音が、しばらく耳の中で反響していた。 109 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 47 44 ID +7NZkhJf 目的の駅に着き、私は駅を出た。 あまりの寒さに思わず身が震える。 初めて来る街だった。私の住んでいる街より、幾らかグレードが高いように感じた。高級とまではいかない、中級住宅街といったところか。 マエダカンコから聞いた住所はまだ覚えている。田中キリエは何処かのマンションかアパートの三○一号室に住んでいるらしい。 見馴れない街並みではあるが、適当に電柱に印された住所でも見ながら歩いてれば、じきに辿り着けるだろう。 そんな楽観的な考えを持って、私はのんびりと街の中へと歩き始めた。 結果から言おう。どうにもならなかった。 理由は三つある。 一つ、土地勘が全くないこと。 二つ、郊外のベッドタウンだけあってマンションもアパートも異様に数が多いこと。 三つ、彼女の苗字の“田中”だ。 全国でも多数存在するその姓名は思ったより私を悩ませた。 田中と書かれた表札を見る度に、田中キリエとは違う田中さんだと理解しているのに、身体が一々反応してしまうため、頭が疲れるのだ。 そんなこんなで十二軒目の田中さんを発見した頃、私は駅前まで帰還してしまうという摩訶不思議な現象に陥ってしまった。 「迷いの森か何かなのか此処は……」 今現在、私は駅前の精悍な顔つきをした男性の石像の前に座り、疲れた足を休めていた。 気分はまるで青い鳥を求める少年だ。まだ青い鳥すら見ていないけれど。 おもむろに空を見上げる。 太陽はもうすっかり傾いてしまって、水平線の向こうからゆっくりと黒が侵食し始めていた。 夜間に人の家を訪ねるのが失礼なことくらい、さすがの私でも心得ている。 「これじゃあ今日は無理かな……」 そんな弱音を吐いていると、不意に金髪が脳裏を過ぎった。 私はがっくりと肩を下ろした。 やっぱり今日中にやんなくちゃダメだよなあ。殺されるんだもんなあ。 けれど、このまま闇雲に歩いてても徒労に終わるのは目にみえている。果たしてどうするべきか。 幾らかの逡巡の後、私は疲れた足をバンと叩き、いきなり立ち上がってみた。 こんなとこで座ってたって何も始まらない。闇雲でもいいからとにかく歩こう。 と、珍しくやる気を出したところで私は、あっと悲鳴を漏らす。 なぜ今まで気づかなかったのだろうか。 私の目の前には駅前交番があった。 110 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 48 17 ID +7NZkhJf 目の前には、建てられて間もないだろうマンションがあった。 その建造物は、全体的に四角い形をしていて、備えられている窓や扉も全て真四角だった。階数もきっかり四つだ。今風の小洒落たデザインで、白の漆食で塗られた壁には汚れひとつない。 私はまじまじとそのマンションを見上げた。 サイコロみたいな形をしているな、と思った。 エントランスに足を踏み入れる。 外の壁の真っ白さとは対照的に、中の壁は全て黒めの剥き出しのコンクリートブロックで埋められていた。 世間ではこういうのがお洒落なのだと言うのだろうけど、季節が季節なのだけに、今の私にはただ寒々しいだけだった。夏にはちょうどいいかもしれない。 最新のマンションにも関わらず、オートロックは常備されていなかった。そういえば監視カメラも見当たらない。意外とセキュリティ関係には手を抜いているみたいだった。 エレベーターを使わずに、横に備え付けられた階段を使って三階まで上る。 三階の角部屋に田中キリエの家はあった。 私は、その真四角の扉の前に立ち表札を見る。 表札の“三○一”の番号の下には“田中”とポップ体で書かれた名前があった。 やっと辿り着いたんだなあと、感慨深いものが込み上げてきた。気分はまるで母を求めて三千里、だ。 夕日は既に落ちてしまっている。 腕時計を見ると、時刻はもう既に七時を越す頃だった。思っていたよりも時間が経っている。 善は急げだ、と私は表札の下に設置されていた呼び鈴を押した。 ピンポーン、と間のぬけた音が扉越しに聞こえる。 確かに、聞こえたのだけれど 「…………?」 誰も出ない。 気づかなかったのだろうかと思い、念のためもう一度だけ鳴らしてみる。 ピンポーン。 再び呼び鈴が鳴るが、やはり何の反応も返ってこなかった。 呼び鈴はちゃんと鳴っているし、室内に居て気づかないということはさすがにないだろう。ということは、何処かに出かけてしまっているのだろうか。 111 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 49 04 ID +7NZkhJf うーん、と唸りながら私は頬をかいた。 どうやら、家内が留守なのは間違いないようだった。 このまま此処で待機していてもいいのだが、近隣住民に変質者と思われる可能性もある。果たしてどうするべきか。 私は扉の前でうーん、うーんと唸りながらくるくると回った。 後で思えば、その姿は言うまでもなく変質者だったのだろう。 「仕方ないか……」 私はピタリと立ち止まった。 出直そう、と心に決めた。 二、三十分も経てば帰ってくるだろうと思い、私は出直そうと、その場を去ろうとした。 すると、ぱたぱたと廊下を駆ける音が、扉越しに微かに聞こえてきた。 どうやらやっと来訪者に気付いたらしい。 ガチャリ、と鍵の開く音がして扉が開く。 「すいません、遅くなっちゃって。どなたでしょうか?」 そう言って出てきた田中キリエは、寝巻姿であった。子供っぽい水色のパジャマの上には桃色のカーディガンを羽織っている。あの大きな黒縁眼鏡をかけていなかった。 「……んー?」 彼女は目を細めながら私に顔を寄せていく。眼鏡をかけていないため、よく見えないのだろう。彼女の赤く腫れぼった目が眼前に迫ってきた。 ちょっと手を伸ばしてみれば、彼女の細い首に手をかけれそうだ、なんて想像をしていると、田中キリエが突然大きく目を剥いた。 心中を悟られた気がして、私はハッと息を呑む。 「…………」 しかし、彼女はそのまま無言で、パタリと扉を閉めた。 「……えっ?」 拒絶された、とまず思った。やはり今更私の顔など見たくないのだろうかと。 そう思った時だった。 「きゃあああああああっ!」 扉の向こうから、もの凄い叫び声が上がった。 「えっえっ、なんで、なぜ、どうしてっ。どうして鳥島くんが居るのッ!?なんでなんでなんでーっ!ハッ、ていうか私まだパジャマだし、顔も洗ってないし、髪もボサボサだしぃ、きゃあーっ!ああ、どうしようどうしようどうしよう見られた見られたー!」 「あのー、田中さん」 「ちょっ、ちょっとだけ待っててっ!」 そう言い残して、彼女はバタバタと駆け出し始めたようだった。 扉の向こう側からは何やら騒がしい音が聞こえてくる。おそらく、私を出迎えるの準備をしているのだろう。 元気な人だなあ、と思わず頬が緩んだ。 私は元気な人は好きだった。 112 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 49 44 ID +7NZkhJf それから約二十分後。 「おっ、お待たせ」 田中キリエは、黒のネックセーターに白の長いフレアスカートという落ち着いた服装で出て来た。その小さな顔には、いつもの黒縁眼鏡が掛けられている。 「さっきはゴメンね……なんか取り乱しちゃって」 先程の失態が余程恥ずかしかったのか、彼女の顔は真っ赤になっていた。 いえいえ大丈夫ですよ、と私はフォローをいれる。 「でも、少しびっくりしました。田中さんってあんなに大きな声出せるんですね」 「うー。……もう忘れて」 そんなやりとりの後、彼女は私を玄関へと迎い入れた。 「それじゃ、とりあえず中に入ってください」 勧められるがままに、私は綺麗に整頓された玄関に足を踏み入れた。 ガチャリ。ジャラジャラ。 と、施錠音がして後ろを振り向くと、当然のことながら田中キリエが鍵を閉めているところだった。ご丁寧にチェーンロックまでつけている。 私なんかは普段、自宅に居る時は鍵を閉めないタチなので、そこのところはやはり女の子なんだな、と感心した。 「こっちです」 と、案内された彼女の自室は、私の想像と違わない、いかにも女の子らしい部屋だった。 なんか、全体的にピンクっぽい。 カーテンも絨毯もベッドも全部ピンク色だ。彼女には悪いが、長時間居ると目が疲れそうだな、と思った。 部屋の中央に丸テーブルとクッションが置いてあったので、とりあえずそこに腰を下ろす。 「適当にくつろいでてください。私、お茶持ってくるんで」 田中キリエはそう言って、部屋を出て行こうとする。 「そんな。そこまでお気遣いしなくてもいいですよ」 と、一応遠慮してみるが、やはり田中キリエはお茶を用意しに出て行ってしまった。 急に所在無げになってしまったので、とりあえずキョロキョロと部屋を見渡してみることにした。 そういえば、女の子の部屋に入るのは初めてだ。 妹を女性としてカウントするならば話は別だが、彼女の部屋に入ったのだってもう十数年も前だし、初めてと言っても過言ではないだろう。 114 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 50 13 ID +7NZkhJf やはり少し緊張するな、と急にそわそわし始めてしまった。 家内の様子からして、どうやら田中キリエの親は不在なようだ。 ということは、ひとつ屋根の下に男女がふたりきりということになる。 そういうシチュエーションにいかがわしい妄想を抱いてしまうのが男の性なのだが、生憎私はまだ彼女の恋人ではない。今日はそういう事には至らないだろう。 ガチャリ。 と、再び施錠音がして、私は反射的にドアを見た。 「お待たせしました」 そう言いながら、田中キリエがお茶をお盆の上に乗せて持ってきた。 いや、それよりも。 私は思った。 なぜ、彼女は部屋の鍵を閉めたのだろうか。 この家には私と彼女しか居ないのだから、部屋の鍵まで閉める必要性はあまり感じられない。それなのに、何故わざわざ施錠をしたのか。 しかし私は、多少不思議には感じたものの、いつもの癖なのかな、と大して気にとめなかった。 田中キリエはお盆を丸テーブルの上に乗せて、カップにお茶を注いだ。 匂いと色からして、それが紅茶であることがわかった。 「お砂糖はどうします」 「じゃあ、少し」 シュガーポットから砂糖をひとさじ掬い、カップの中へ入れた。 そして、私と向かい合うようにして彼女もクッションの上に腰を下ろす。 「それにしても、びっくりしちゃったよ」 田中キリエが言った。 「いきなり鳥島くんが訪ねてくるんだもん。前もって言ってくれれば、もっと準備とか出来たのに」 「すいません。事前に連絡もなく突然訪ねてしまって。なるべく早く帰るようにするんで」 「そんな、いいよいいよ気にしなくて」 田中キリエはバタバタと手を振る。 「私の両親、共働きだからいつも帰ってくるの遅いし、時間のこととかは全然気にしなくて大丈夫だから」 「そうなんですか。それじゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」 「うん」 彼女がニコニコ顔で頷いた。 そこで会話が途切れてしまったので、今度は私から切り出してみることにする。 ひとつ気になることがあった。 「ところで、田中さん。ひとつ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」 「ん?何かな?」 「さっきから後ろ手隠している物は、何ですか?」 115 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 50 53 ID +7NZkhJf 「後ろ手に?」 彼女は首をかしげる。 「別に、何も隠してないけど……」 「あれ?でも今確かに――」 「それよりもっ!」 田中キリエは強引に話題を変えた。 「鳥島くんは今日なんで私の家に来たのかな?何か、用があって来たんでしょう?」 「あっ」 そこで私は、自分が肝心の本題を話していなかったことに気付いた。本題を先に話さないなんて、話しの順序としては最悪だろう。 「すいません。言われてみれば言ってませんでしたね」 私は苦笑し、頭をかいた。 「今日は、田中さんに告白しにきたんですよ」 「へっ?」 「あっ」 やべっ。つい、話しの流れで言ってしまった。もっとそれらしい雰囲気を出してから言い出そうと思っていたのに。 まあ、仕方がないか。 せっかくなので、私はそのまま続けることにした。 「あれから――ずっと考えていたんですよ」 私は紅茶を飲んで、舌を湿らせた。 「私が田中さんの告白を断ったのは正しかったのかってことを。ずっとずっと悩んでいました。そして、わかったんです。結局は私のエゴに過ぎなかったと」 田中キリエは黙って聞いている。 「要は、私は田中さんを傷つけるのが恐かったんです。田中さんは知らないでしょうが、私は結構、不完全な人間なんですよ。もし付き合えば、絶対にあなたを傷つけることが私にはわかっていた」 即興にしては中々の滑り出しだな、と私は思った。意外と演説上手な自分に驚く。 「けれど、結局それはただの逃避でしかない。私には田中さんと付き合っていけるわけがないと、自分勝手な理論を振りかざして、あなたを拒絶した。でも私は、田中さんの気持ちをこれっぽっちも考えていなかったことに気付いたんです 「告白というのはそれなりに勇気のいる行動だと思います。田中さんだって、何日も何日も想い続けて、漸くそれに至った筈です。私は、仮に断るにしても、そういう相手の想いを考慮してから答えを出すのが誠実だと思いました。 「それから、今度は田中さんの気持ちを考慮に入れてから、考えてみたんです。そして、答えが出ました。だから今、私はあなたにあの時の告白の返事をします。 「田中さん――よかったら私とお付き合いしていただけませんか?」 そうして、私は口を閉ざした。 116 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 51 26 ID +7NZkhJf 完璧だ。まずそう思った。 脳内では、私の演説を聞いた観客が総立ちになって喝采をおくっている。 多少キザっぽくなってしまったが、そこはご愛敬ということでいいだろう。 そんな充足感に包まれながら、私はしたり顔で彼女を見た。 「ひっく……えぐ……っえぐ」 泣いていた。 ええー。そこで、泣いちゃう? 想定外の出来事に混乱してしまう。 結構それらしく言えたはずなのだけれど……。 「あのー。もしかして不快でした?」 耐え切れなくなった私は、直接聞いてみることにした。 すると、田中キリエはぶんぶんとかぶりを振った。 「ちっ、が……ひっく……違うの、ただ……私嬉しくて」 彼女は嗚咽混じりでそう言った。 なんだよ、紛らしいな。 私はイラついた目で彼女を見た。 田中キリエは零れ落ちる涙を手で拭いながら、静かに泣いている。 彼女の物言いからして、どうやら私の告白は成功したみたいだし、これで晴れて私は田中キリエの恋人になったというわけか。 こういう時は彼氏らしく宥めてやるのが正解なのだろうか?無言で抱きしめてやったりしたらカッコイイかもしれない。 なんて考えていると、いつの間にか田中キリエは泣き止んでいた。 「あの……それじゃあ、これからよろしくお願いします」 と、彼女は深々とお辞儀した。 「いえいえ、こちらこそ」 なんとなく、こちらもお辞儀で返す。 こうして、私の告白は見事成功し、ここに一組のカップルが成立したのであった。 それから他愛の無い世間話を少しして、私は彼女の家を出た。 田中キリエはわざわざマンションの前まで付き添ってくれて、私の姿が見えなくなるまで手を振っていた。 駅のホーム。 私は電車を待つ列の最後尾に立って、ぼんやりと今日のことを思い返していた。 妙な達成感が胸の中にあった。 これで私は、めでたいことに、彼女いない歴イコール年齢じゃなくなったのだ。思うものもあるだろう。なんだか、男の階段をひとつ登った気がした。 電車が到着し、人々は車内に乗り込んでいく。私も同じように乗り込んだ。 その時になって思いだした。 ――そういえば。 私は部屋での田中キリエの姿を思い浮かべる。 どうして彼女は、私が帰るまでの間ずっと、金づちなんかを隠し持っていたのだろう? 117 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 51 57 ID +7NZkhJf 住んでいる街の最寄り駅に着いた時には、時刻はもう既に九時を通り越していた。 帰宅部の私は普段、こんなに遅くまで出歩かない。 斎藤ヨシヱと会った日だって、せいぜい七時前には帰宅していた。 なので、こんな遅くに道を歩くのは滅多にない。ちょっと新鮮な感じがする。 私は自宅を目指して歩き始めた。 寒さから守るようにポケットに手を入れ、空気中に残留する白い息を顔で受け止めながら、冷たい路地を歩いた。 いつの間にか、ひとりになっている事に気づく。 さっきまでは、何人かがぽつぽつと周りで一緒に歩いていたのだが、目的地に着いたのか、道中で道を曲がってしまったのか、とにかく今はもう消えてしまっていた。 コツコツ、と自身の歩く靴音しか、周囲には聞こえない。街灯の少ない路地なので、辺りはまるで暗幕を張ったかのように暗かった。 そんな闇の中だ。 二個先の街灯の下。まるでスポットライトのように照らし出されている人物を、私の目が捉えた。 目を細めてみる。 その人物は、大きい青のスポーツバックを肩に背負い、背筋をしゃんと伸ばし、毅然とした態度で前へ前へと歩を進めていた。 髪型は短めのポニーテールで、身長はやや高め。後ろ姿でもわかる、その凛とした態度には、どこか惹かれるものがあった。 その背中には見覚えがある。 私はたまらず駆け出していた。 「リンちゃんっ」 その人物の名前を呼びながら、小走りで彼女の横に並んだ。 暗闇でもしっかりとわかる、その整った顔立ちの少女は、間違いなく私の実の妹である鳥島リンだった。 「奇遇だね、帰り道が一緒になるなんて。リンちゃんは部活の帰り?」 気さくな感じで談話を始めてみるが、妹は刹那でも私を見ようとはしなかった。それもいつものことなので、気にしないようにする。 「部活は、確かバレーボールだったよね?母さんから聞いたよ。大変だね、こんな遅くまで練習だなんて。帰宅部の僕からしたら考えられないな」 妹は何も言わない。私のことなど見ない。 118 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 52 29 ID +7NZkhJf 「でも、気をつけなくちゃダメだよ。この辺はそんなに物騒でもないけど、リンちゃんは可愛いからね、変な人に目をつけられるかもしれないし。そうだ。なんなら僕が送り迎えしようか?」 妹は何も言わない。 「あー……」 会話のキャッチボールは全く成立しなかった。 これじゃあ、まるで壁に向かってボールを投げているようなものだ。しかも、壁は壁でもゼリーの壁だ。ボールを投げても、それが私の元に返ってくることは無い。 妹はまるで私が居ないかのように、黙々と自宅を目指した。 彼女のその態度に、突然怖くなる。 妹と接していると、本当に私はこの世に居るのだろうかと奇妙な不安に陥るのだ。 無論、そんなのは馬鹿げた幻想だ。そうわかっているのに、なぜかそれを一笑することが出来ない。 額には、ぽつぽつと脂汗が浮かび始めていた。 何か、何か話をしないと。 私は何かに急かされるように、とにかく口を開いてみる。 「あっ、あのさ」 けれど、何か話のネタを考えていた訳ではない。焦った私の口は、取り繕うように今日のことを喋りだしていた。 「そっ、そういえば今日、遂に僕に彼女が出来たんだよっ。その人は、田中さんっていうちっちゃい眼鏡の人なんだけど――」 しどろもどろになりながら、そうまくし立てていると、ドサッと何かが落ちた音がした。 ふと隣を見ると、妹がいつの間にか消えていたことに気付いた。 視線をさらに後ろにずらす。 妹は私の数歩後ろで、呆けたように私を見ていた。目の焦点が合っておらず、持っていたスポーツバックは地面に転がっている。 「今……なんて……」 妹は譫言のように呟いた。 「なんて言ったの……兄さん?」 兄さん。 久しぶりに呼ばれた古称に、胸が震えた。 妹から話し掛けてもらうのは、もう十数年ぶりくらいだった。それに加え、再び兄さんと呼んでもらえるなんて。 歓喜を隠しきれずに、思わずわなわなと身体が震えてしまう。 「なんて言ったの、兄さん?」 今度は幾分かはっきりした声。 冷静さを取り戻したのか、彼女の目はしっかりと私を見据えていた。 このまま、ずっと兄さんと呼ばれていたい衝動に駆られる。妹の問に答えるのを躊躇ってしまう。けれど、それを無視するわけにもいかない。 119 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/05/12(水) 14 53 03 ID +7NZkhJf 私は、緩む頬を引き締めてから言った。 「だから、今日、僕に田中キリエさんっていう恋人が出来たんだよ」 言い終わったのと、妹が口を開くのはほぼ同時だった。 「別れてっ!」 唐突に叫んだ彼女のその迫力に、思わずたじろいだ。 妹は私の近くまで歩み寄ってくると、再び言う。 「今の話が本当なら、すぐに別れてっ!」 訳がわからなかった。 どうして、妹は私に別れろと言うのだろう。別に祝福されるとも思っていなかったが、いきなりそういう事を言われるとも思っていなかった。 ――もしや。 私の頭の中に、愚鈍な考えが浮かぶ。 もしかして、田中キリエに嫉妬してるのかしら。と、そんなふざけた幻想を抱いた。 しかし、そのくだらない幻想は、次に発せられた妹の言葉によって、一瞬で砕かれた。 「兄さんみたいな人間が、誰かと付き合えるはずがないじゃない」 その言葉を聞いた途端、ニヤついていた顔は一瞬で凍り付き、さっきまでの幸福感が急速に萎んでいった。 そんな私に構わず、妹は続ける。 「兄さんだって薄々気づいているんでしょう?自分が所謂“普通”じゃないって、他の人からは一線を画した場所に居るってことを」 私は何も言えない。 「彼女さんのことを想うのなら、今すぐに別れて。兄さんはきっと、いえ絶対、彼女のことを不幸にするわ」 私は何も言えない。 「だって、兄さんは――」 「そんな」 妹の言葉を遮って、私は言う。 「そんな――まるで僕のことを、化け物みたいに言わないでくれよ」 「――ッ」 妹は何かを言いかけたが、やがてその口を閉ざした。 二人の間に気まずい沈黙が流れる。 妹は、私のことを哀れむような、恐れるような、何とも形容しがたい複雑な表情をしていた。 「兄さんには、無理よ」 そう言い残して、妹は走り出した。 私は小さくなっていく彼女の姿を見つめていた。 そして、見えなくなった。 私はしばらくの間、動く気になれず、その場に立ち尽くしていた。 それから、どのくらいたったのかはわからない。腕時計を見る気にもなれなかった。 「帰ろう」 ひとり呟いてから、地面に落ちたままのスポーツバックを拾い上げ、私はゆっくりと、家に着くのを躊躇うように、ゆっくりと歩いて行った。
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右手を見ても 左手を見ても 僕の手には何もない 空気のような感触が 僕の手に残ってる ぐっと握った手のひらを 開いてみれば少し温かい もう、こんなに痛く 解っているのは痛みだけ 限りないのは夢ばかり 僕は理想の夢ばかり あなたを側に置いてみて 空気のように通ってみる あなたを側に置いてみて 前だけ向いて歩いてみる あなたを側に置いてみて 知ったかぶりだけしてみる あなたの側に僕はいない 世界のどん底の方に 米粒が光ってて 床に這いつくばった僕がいる 世界の天井の方に 小指が光っていて 背を伸ばしてもとどかない 僕の思いってなんだろう? ハテナとハテナを逢わせても ハテナイ空に消えるだけ 空いている席に座るんだろうか? この席は安全だろうか? 何かに満足して 何かに嘘をついて 何をするためだけに、あなたを側に置いてみる 傲慢ちきなチキショウが 僕の中で 僕の僕の中で 僕の僕の僕の…中で 絶え間なく笑ってる 笑顔で手をふってやろう それでもあいつはあきないだろう わからないという恐怖 わからないという絶望 わからないという幸福 わからない それだけが僕の問題 それだけで世界を消化しつくせる そう、僕はわからない
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61 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/28(月) 14 20 22 ID Gejk2pPM 放課後、私は斎藤ヨシヱの元を訪れることにした。 まだ人の減らない本校舎を抜けて、一階の隅にある長い渡り廊下を目指す。 本校舎と部活棟を繋ぐ通路は、この一本しかない。そのことが、部活棟の存在を更に希薄にしている気がした。 そもそも、この高校は部活動があまり盛んでない。 体育系文化系を問わず、どの部活も平等に弱小で、県大会出場はおろか地区大会一勝すらしたことがなかった。 その上、まがりなりにも進学校で通っているため、大半の生徒が部活ではなく勉学に走ってしまう。かくいう私も、その内の一人だった。 本当は、仲間達と共に汗をかき、切磋琢磨し合いながら部活動に打ち込んでいく、そんな学生らしいことに憧れていたりするのだが、自分じゃそういうことが出来ないのはわかっていた。私は、少し違う。 渡り廊下に着いた。 寒風から守ってくれていた本校舎を出て、寒空の下へと身を投げこんでいく。 前々から言っていることだが、私は寒いの苦手だ。 冬の寒さに首を縮こませながら、一刻も早く目的地に着いてしまおうと、足早に渡り廊下を進んで行く。 そして、しばらく歩いていると、老朽化の目立つ、黒ずんだクリーム色の壁が視界に入ってきた。 部活棟の壁だ。 私は、目の前の建造物を見上げてみる。 62 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/28(月) 14 21 30 ID Gejk2pPM この部活棟は主に文化系部活のためのものだった。 体育系部活に関しては、利便性を考慮してグラウンド前に設置されているプレハブ小屋が使われている。 一般の生徒でこの部活棟を訪れる者は、まずいない。 学内で仲間外れにされたように位置する此処は、校門とは真逆の方向にあるし、寄り道するにも少し遠すぎる。 私自身、斎藤ヨシヱのことがなかったら一生訪れなかったかもしれない。 ここの唯一の入口であるガラス戸を開け、中に足を踏み入れる。 その瞬間、世界から全ての音が消えた。 本校舎から聞こえていた居残っている生徒の声も、グラウンドや体育館からの部活動の喧騒も全て。 どうして、放課後の部活棟はこんなにも静かなのだろうか。 私はここを訪れる度にそう思った。 廊下に連なる部室の扉の中にも、部活動に勤しんでいる生徒達が沢山居るはずなのに。辺りはまるで防音対策がされているかのように静まり返っていた。耳鳴りがしてしまうほどだ。 やけに足音の響くリノリウムの床の上を歩きながら、茶道室を目指す。 茶道室は、この部活棟の最上階である二階の一番奥に位置していた。 階段を昇り、夕日が差し込むオレンジ色の廊下を歩いた。 茶道室には直ぐに辿り着けた。 私はサムターン式の鍵がついた扉の前に立ち止まり、ドアノブに手をかける。鍵はかかっていないようだ。 なるべく音をたてないように、ゆっくりとドアノブを手前側へと引いていく。 キィ、と金属が軋む音をたてながら、扉は開いていった。 徐々にひらけていく視界。 その中に、斎藤ヨシヱは居た。 彼女は窓枠に肘をつき、湯呑みを片手に持ちながら、気怠そうに虚空を見上げていた。 63 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/28(月) 14 22 37 ID Gejk2pPM いつもの彼女だ。最後に会った時から何ひとつ変わっていない。 なのに、私は彼女に声をかけることが出来ずにいた。 この室内を支配する静寂を破ってしまうことで、目の前に映るこの優美な光景も壊れてしまう気がしたのだ。 斎藤ヨシヱは美しい人だった。 鋭い光を宿した切れ長の瞳。 しみひとつ無い、白雪のように真っさらな肌。 背中にまで垂れる長い髪は、その素肌とは対照的に墨を零したように真っ黒で、何を塗ったらそうなるのか白い光輪がとりまいている。 およそ高校生らしい幼さの残る可愛さなどは微塵も無く、完成された美術品のような、気品を感じさせる美しさが彼女にはあった。 呼吸をするのを忘れていたことに気付く。それほどまでに、目の前の光景に目を奪われていたらしい。 しばしの間、斎藤ヨシヱの整い過ぎた横顔を見つめる。 どのくらいの時間が経っただろうか。 彼女は漸く私に気付いたようで、その切れ長の瞳をゆっくりと私の方へと移動させた。 そして私を視認すると、薄く口角を吊り上げて、いつもの人を小馬鹿にしたようなシニカルな笑みを浮かべる。 「こんにちは。久しぶりね、タロウ君」 氷を連想させるような、冷え切った声。 「こんにちは、斎藤先輩。本当にお久しぶりですね」 私は軽く会釈をすると、靴を脱いで畳に上がった。 そして部屋の隅に積まれている紫座布団を一枚持って、彼女の前でそれを敷き、その上に座った。 それきりだった。 二人の間に、特に会話は無い。 斎藤ヨシヱは気が向いた時にしか私と話さないし、私自身も無理に彼女と話をしようとは思わなかった。 一日中会話をしないまま、そのままお開きになるなんてことも、決して少なくはない。 私は、彼女の側に置かれている急須等のお茶セットを見た。 今日は、お茶を出してくれないみたいだな、と思った。 茶道室を尋ねた時は、必ず最初に彼女がお茶を出してくれるかどうかを確認するのが常だった。 斎藤ヨシヱは、機嫌が良い時は私にお茶を振る舞ってくれるのだ。 今日は出してくれないみたいだけど、別段不機嫌という風にも見えないので、可もなく不可もなくといったところなのだろう。 64 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/28(月) 14 24 05 ID Gejk2pPM 私は彼女の機嫌確認を終えてしまうと、何となく手持ち無沙汰になり、いたずらに視線をさ迷わせていた。 ふと、斎藤ヨシヱの脚が目に入る。 スカートから伸びる彼女の長い脚には、ソックスが着けられていない。 そのせいか、陶磁器のように白い肌が、畳の緑色に反してよく映えていた。 斎藤ヨシヱは畳に上がる時、必ずソックスを脱ぐ。 理由は知らない。 何故ソックスを脱ぐのかを聞いてみたかったりするのだが、彼女の脚に多大なる感心を寄せていることを悟られてしまうのは非常に不本意なことなので、未だに聞けずにいる。 私が彼女の脚をまじまじと見つめていると 「二週間振りくらいかしら」 と、斎藤ヨシヱが不意にそんなことを言った。 一瞬、独白かと思って黙っていたのだが、彼女がちらりと私に視線を寄越したことで、どうやら話し掛けていたらしいことに気付く。 「ええ、そのくらいになると思いますよ」 慌てて相槌を打ってみたけれど、彼女は何の反応も示さずに、黙ってお茶を啜った。 会話を広げる気は無かったみたいだ。 しかし、せっかく見つけた会話の糸口。このまま終わらせるのも少し惜しい。 私は自分から話し掛けてみることにする。 「そういえば、斎藤先輩って茶道部なのにちゃんとしたお茶をたてたりしませんよね」 私は、彼女の側に置かれている電気ポットを見ながら言った。 「もしかして、本当はたてれなかったりします?」 「別にたてれないわけじゃないわよ」 私の問いに、斎藤ヨシヱはあっさりと否定する。 「ただ、お茶をたてるのには色々と準備が必要で凄く面倒なの。その上、大して美味しくもないからたててないだけ。最初に興味本意で一度やったきりで、それからは触ってもないわ」 「随分とまあ、茶道部員らしかぬ言い草ですね」 「そうね」 そこで再び、彼女との会話が途切れた。 毎度思うが、斎藤ヨシヱとの会話はいつも絶望的なまでに広がらない。 彼女は基本的にお喋りじゃないし、加えて気まぐれだからなあ。それとも、まだ私との好感度が高くないのかしら。 65 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/28(月) 14 25 25 ID Gejk2pPM そうやって次の会話のタネを考えていると、ふと、頭の隅にひっかかるものがあった。 そういえば、彼女に聞きたいことがあった気がする。 なんだったっけ。 しかし、意外とすぐにそれは思い出せた。 「斎藤先輩。ひとつ聞きたいことがあるんですけど、よろしいでしょうか?」 斎藤ヨシヱは何も言わず、目だけで先を促した。 それでは、と私は居住まいを直し、しっかりと彼女の瞳を見据えた。 なるべく真摯な態度で聞かなければ、ふざけていると思われるかもしれないからだ。 私は真面目っぽく、重々しい口調で言った。 「斎藤先輩は、私が誰かから好かれるような人間に見えますか?」 ゆらゆらと湯呑みを揺らしていた彼女の手が、接着剤みたいにピタリと止まった。 それから長い間をおいて、探るように聞く。 「それは、どういう意味の好きなのかしら?一概に好きと言っても、様々な意味の好きがあるけれど」 「うーん、そうですね……」 私は、ふむと顎を撫でた。 「しいて言えば、ライクではなくラブのほうの好きです」 「Love」 彼女は流暢な発音で言い直した。 「つまりは恋愛の好きということね」 「そうなりますね」 「そう」 彼女は持っていた湯呑みをコトリと盆の上に乗せた。 「……そう」 そして悲しげに目を伏せて、そっと口元を手で覆う。 私に背を向けるようにくるりと半回転すると、小さく肩を落とした。よく見るとその肩は小刻みに震えている。 「……先輩?」 斎藤ヨシヱの突然の異変に、私は大いに戸惑った。 いきなり、どうしてしまったのだろうか。 お腹でも痛くなってしまったのだろうか、と最初に思った。 いや、そうじゃない。 私は思い直す。 どうせ私のことだ。無意識の内に彼女を傷付けることでも言ってしまったのかもしれない。昔から、そういうことは多々あった。 「すいません、先輩。気を悪くさせてしまったみたいで」 私は思わず、彼女の肩に手を伸ばした 「……んっ?」 のだが、異変に気付き、伸ばした手を途中で止める。 何か、聞こえた。 「……ふっ、ふふふ……」 それは、押し殺すような小さな笑い声。 斎藤ヨシヱの口元から、くつくつと笑い声が漏れ出ていた。 66 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/28(月) 14 26 45 ID Gejk2pPM 「……やだぁ、おかしい……くくく……お腹、お腹痛い……たっ、タロウ君……ちょっと待って……」 …………。 待てと言われたので、おとなしく待つことにする。 それから、十分後。 そこには、いつも通りの皮肉な笑みを浮かべた斎藤ヨシヱがいた。 しかし、その笑顔はどこか不自然に歪んでいる。というか、全然シニカルじゃない。頬の辺りがぴくぴくと引き攣っている。 「ちょっとタロウ君。いきなり笑わせないでくれるかしら。あたし、こう見えても結構キャラって重視するほうなのよ」 そうだったのか、と私は思った。 それなら随分と申し訳ないことをしてしまったみたいだ。 すいません、と私は素直に頭を下げる。 「本当よ、全く。もうあんなこと言うのは金輪際止めてよね。あんな……あんっ……くっ……ふふっ……あはは」 ……さらに十分後。 「ああー、笑った笑った。こんなに笑ったのは久しぶりね。ありがとう、タロウ君。おもしろかったわよ」 「……どうも」 斎藤ヨシヱは急須を手に取ると、湯呑みにお茶を注ぎ、私に手渡してくれた。 私は、ありがとうございますと礼をして、湯呑みを受け取った。 どうやら機嫌が良くなったらしい。 確かに、彼女は過去に例が無いくらい上機嫌に見えた。 別にニコニコと微笑んだりしているわけじゃないが、何と無く楽し気なオーラが発せられているのを感じる。 「それで、質問だったわね」 そんな和やか雰囲気とは打って変わって、斎藤ヨシヱの顔が急に真剣なものに変わる。 切替の早い人だな。 私も幾らか緊張しながらも、聞く姿勢を整えた。 「質問は、あなたが異性から好かれるかどうか、で合ってるわよね?」 「はい」 「そう」 彼女はそこで、思い出し笑いのように一度笑ってから、ゆっくりと口を開いた。 答が告げられる。 「そんなの、無理に決まってるじゃない。あなたみたいな人間が誰かに好かれるなんて、不可能よ」 量刑を宣告する裁判官のような口調で、斎藤ヨシヱはそう断言した。 彼女の宣布に、私の心がずんと沈むのを感じる。 不可能、か……。 薄々、そんなことを言われるのではないかと予想はついていたけど、実際に言われるとやはり傷付く。 そんな、不可能とまで言わなくても……。もうちょっと、希望を残す言い方をしてくれてもいいじゃないか。 67 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/28(月) 14 28 10 ID Gejk2pPM しかし斎藤ヨシヱは、そんな傷心中の私にも構わず続けた。 「いい、タロウ君?人間関係に置いて最も重要なのは相互理解よ。相手のことを理解し、相手にも自分のことを理解してもらう。そういう感情的な対応を含む、個人と個人との関係において人間関係は成立しているの 「あなたにはわからないと思うけど、他者を理解するのはとても難しいことなのよ。自分ならともかく、相手を完全に理解するなんてそれこそ無理なのだから当然ね。 「けど、人間というのはそれでも相手を理解していこうとしていく。そういう性を持つ生き物なの。けれど、あなたは――」 斎藤ヨシヱは、不敵に微笑む。 「他人どころか、自分のことすら理解していないじゃない。そんな人間が誰かに好かれるかだなんて、ちゃんちゃらおかしい話ね。本当、戯言も甚だしい」 斎藤ヨシヱは、まるでそのことが不変の真理であるような言い方をした。 一片の毀れも感じない、揺るぎのない自信を感じる。 彼女はきっと、私が人に好かれるのと明日地球が滅びるのとじゃ、間違いなく後者を選ぶことだろう。 「……はぁ」 私はそこで一度、大きく溜め息をついてみせた。 勿論、わざとだ。 自分の不機嫌さをこれっぽっちも隠そうともしない。 こういう態度をとるのは我ながら珍しいことなのだが、しかし彼女の言い方はとても癪に障った。 さすがに、今のはカチンときた。 「あら?どうしたのタロウ君。なんだか怒っているみたいだけど」 「怒っているんです」 誰だって、二日連続で化け物扱いされたら不機嫌にもなるだろう。 私は苛立ちを含んだ口調で言った。 「先輩は時たま、私のことを何の心も無いロボットみたいに言う時がありますけど、はっきり言ってそれは間違いですよ。全然違います。 「確かに、私には人がわからない時がありますよ。それは認めますけど、だからと言って、そのことが私に感情が無いということに繋がるわけではないでしょう?現に今だって、先輩の言葉に怒っているじゃありませんか」 「それも演技かもしれない」 「演技って――」 腹の底から込み上げて来た言葉を、なんとか飲み込む。 少し、熱くなりすぎていた。私らしくもない。冷静になれ。 心を落ち着かせるために、長く、深い息を吐いた。 68 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/28(月) 14 30 07 ID Gejk2pPM 斎藤ヨシヱは、そんな私の様子を冷めた目で見ながら、愚者を説き明かすように続けた。 「だっておかしいじゃない。感情はあるのに人がわからないなんて。はっきり言って矛盾してるわよ」 「矛盾?」 私は繰り返した。 「そうね……」 何やら思案顔で彼女は言う。 「タロウ君、あなた痛覚はある?」 「あるに決まってるじゃないですか」 「あら、そうなの?それは驚きね。けど、それなら話が早いわ」 斎藤ヨシヱはそう言うと、いきなり自らの腕に爪をたて、思い切り皮膚を引き裂いた。 荒々しい切傷が一つ出来、赤黒い血が一筋、白い肌を伝っていく。 「タロウ君。あなたはこの傷を見て、これがどの程度の痛みかがわかる?」 「えっ?ああ、はい」 忽然の出来事に、呆気にとられていた。 「まあ、漠然とですが一応」 「そうよね。では何故、あたしが負っている傷を、当事者でないタロウ君が憶測することが出来るのか。それは、まず大前提としての“痛覚”それと“経験”があなたにはあるからよ」 「“痛覚”と“経験”、ですか……」 何やらまた小難しい話が始まったな。 「あなたは今、過去に経験したことのある同程度の切傷を想像し、それをあたしに投影することによって一時的に痛覚を共感しているの。だから、この切傷の痛みがわかる」 「この言い方だと“経験”が絶対必要みたいに聞こえるけれど、実際はそうじゃない。実を言えば、この“経験”の方は大して重要じゃないの。 「なぜなら、相手と同じ経験をしたことがなくたって、過去に自分が経験したことのある“他の類似した経験”を相手に投影すればいいだけの話なのだから。十二分に用は足りるわ。 「つまり、マザーボードである“痛覚”さえあれば、後はいくらでも勝手がきく。そのことはわかった?」 私は頷いた。 多少こんがらがりはしているが、なんとか理解出来た。 これは、生理痛を使って例証してみればわかりやすい話だ。 女性固有の苦しみである生理痛を、男性である私が経験するのは身体の構造上不可能なことであるが、彼女の言うマザーボードである“痛覚”さえあれば、相手の眉をしかめた顔、お腹をさする動作などを見て 今までに自分の経験したことのある、例えば腹痛などの痛みを想像し、それを相手に投影することによって、想像上ではあるが、一時的に生理痛の苦しみを共感することが出来る。 69 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/28(月) 14 31 41 ID Gejk2pPM 他者との痛覚共感。 彼女が言っているのは、おそらくそういうことだろう。 けど―― 「それがなんだって言うんですか?」 話はわかるが、言いたいことがわからない。 寓話のつもりで話しているのなら、何かしらの教訓や諷刺があるはずだ。 「相手を理解するというのも、それと同じことなの」 斎藤ヨシヱの論説は続く。 「つまり、今言ったことを高度に応用させたものが他者を理解するということなのよ。自分の持っている“感情”を相手に投影し、共感する。簡素に言ってしまえば、そういうことになるわね。 「だから、そのセオリーでいけばおかしいのよ。“感情”があるのに、人がわからないというタロウ君が。 「さっきも言ったけど、大元の“感情”さえあれば、個人差はあるけれど、それなりに他者を理解することは出来るわ。普通、あなたほどの異常者は生まれない。 「“感情”があるのに人がわからない。タロウ君はそう言うけど、あなたはこれを矛盾と言わずに何と言うのかしら」 斎藤ヨシヱはそう言って、貶るように私を見た。 その瞳には絶対の自信を感じる。 彼女は本当に自分に自信がある人なんだな、と思った。 しかし、彼女のそれは、少し盲目的過ぎる気がした。 斎藤ヨシヱは間違っている。私はそう確信する。 確かに、彼女の言うことはそれらしく聞こえた。私自身、ふむふむと頷き返してしまった程だ。 けど、それは只それらしく聞こえただけに過ぎない。 なぜなら、彼女は私に心が無いということを前提に話を進めていたからだ。 私には心がある。 その反例が存在する時点で、まず話の前提自体が成立していないのだ。前提が崩壊しているなら、論理も崩壊している。斎藤ヨシヱの見解も、一笑に付すべきものであるのに違いはない。 独断と偏見に満ちた教条主義的な考え。 はっきり言って、先輩は間違っています。 私が一言、そう言ってしまえばいいのだ。 70 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/28(月) 14 33 28 ID Gejk2pPM そう思っているのに、なのに―― 私は何も言えなかった。 理由はわかっている。 心の奥底で、彼女の言葉に納得してしまっている自分が居るからだ。 きっと、その時点でもう駄目なんだろうな。 認めたくはないが、私も異常者なのかもしれない。 「それでも、私にはちゃんと心があります」 そう言う私の声も、どこか力弱く感じた。 それから、気まずい沈黙が流れた。 いや、それは思い違いだろう。 気まずいと感じているのはきっと私だけだ。斎藤ヨシヱは、そういうことを気にするような人ではないし。 そんな彼女が口を開いたのは、唐突だった。 「さっきはああ言ったけど、あなただって、もしかしたら誰かと付き合えるかもしれないわよ」 そう言う斎藤ヨシヱの声には、幾らかの親しみが感じられた。どうやら、彼女なりにフォローしてくれているらしい。人を慰めるなんて、斎藤ヨシヱにしてはかなり珍しいことだった。 「そもそも人間というのは社会に適応するための表明的な人格、所謂ペルソナを着けて生きている。そのくらいは知っているわね? 「それを踏まえて言えば、恋愛なんてのは所詮、互いのペルソナを好き合っているのに過ぎないのよ。見ているのは相手の仮面だけ、中身なんて誰も見ちゃいないわ。 「だから、タロウ君も仮面を着けてしまえばいいのよ。視界を確保する穴さえ塞いでいるような分厚い仮面をね。いえ、あなたの場合は仮面どころか、甲冑でも着けなきゃ駄目でしょうけど 「でもタロウ君、忘れないで。嘘っていうのはつくのは簡単だけど、つき続けるのは至難の業よ。あなたは嘘に綻びが生まれぬよう、常に最大限の注意を払わなくてはいけない。 「幸い、タロウ君は決して容姿が良い方じゃないけど、壊滅的ってほどでもないし、あなただって頑張れば――」 と、斎藤ヨシヱは、何故かそこで一度言葉をつぐんだ。 それから独り言のように、ぶつぶつと呟き始める。 「いや……でも、タロウ君だしな……しかし……うまく騙せば……けど……やっぱり……厳しいか?………………」 そして、遂に何も言わなくなった。 フォロー失敗。 なんだかなあ。人を慰めるなんて、慣れないことをするからだよ。 71 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/28(月) 14 35 01 ID Gejk2pPM しかし、斎藤ヨシヱはやはり泰然自若としていた。 「まあ、いいじゃない彼女なんか出来なくたって。タロウ君は今の所はまだ、クラスでうまくやれているのでしょう?だったらまずは、その奇跡に感謝しなくちゃ。そもそも、あなたが恋人だなんて高望みしすぎなのよ」 「そうかもしれませんね」 と言いながら、私は出された湯呑みに手を出していないことに気づき、ぐいっとそれを飲み干した。 お茶は既にぬるくなっていた。 「話は変わるけど」 斎藤ヨシヱが聞く。 「どうして、突然こんなことを聞く気になったの?自分が誰かに好かれるかなんて、随分とあなたらしかぬ質問だったけど」 「ああ、それはですね。実を言うと、昨日私に人生初の恋人が出来まして」 「へー、よかったじゃない。さすが、たろうくんね」 「……信じてませんね」 「やあねぇ、信じてるわよ」 そう言って、斎藤ヨシヱはけらけらと笑った。 私は驚いた。 嘲笑以外の彼女の笑顔を見るなんて、果たして何時以来だろうか。 色々と辛辣な言葉を浴びせはしたが、やはり根っこの部分では相当に機嫌が良かったらしい。 何がそんなに嬉しかったのだろうか。 「さてと」 斎藤ヨシヱは近くで転がっていたソックスに手を伸ばし、それを身につけ始めた。 どうやら、今日はもうお開きらしい。 いや、今はそんなことはどうでもいいか。それよりも―― 私は彼女の下半身を凝視した。 ソックスを履く時、斎藤ヨシヱがいい感じに膝を曲げているので、でスカートの中が見えそうになっている。 見えそうになっているのだが、何故か見えない。 これは、おかしい。 私は首を傾げた。 さりげなく首を動かしたりして角度を変えてみたりするが、やはりどの位置から見ても、うまい具合に彼女の足先が邪魔になってどうしても見えない。 まるで全年齢対象のギャルゲーみたいだ。 私がそうやって下着を見ようと四苦八苦している内に、斎藤ヨシヱはソックスを履き終えてしまった。非常に残念だ。 72 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/06/28(月) 14 36 49 ID Gejk2pPM 「それじゃ、片付けお願いね」 彼女はそう言って立ち上がる。 私のお茶を飲む飲まぬに関わらず、片付けに関しては私の仕事だった。 「わかりました」 私も立ち上がり、紫座布団を元の場所に戻してから、片付けを始める。 斎藤ヨシヱは、そんな私の横を通り抜けて、茶道室を出て行った。 私がせっせと湯呑みや急須を盆の上に乗せて、片付けに勤しんでいる時。 それは風に乗って、私の耳に届いた。 「それでもあたしは、タロウ君のことが大好きよ」 後ろを振りむく。 しかし、斎藤ヨシヱの姿は既に無く、パタリとしまる扉が見えるだけだった。 私はしばらく扉を見つめた後、ぽつりと呟いた。 「大好き、か……」 下手な嘘だな、と思った。 彼女が私に好意を抱くなど、万が一にも有り得ないことだった。 斎藤ヨシヱがこうやって私と会っているのは、彼女が私に興味があるからに過ぎない。 飽きてしまえば、何の未練や惜別の念も無く、さっさと棄てられてしまうだろう。 「それは嫌だな……」 私としても、たった一人の友人を失うことは非常に惜しいことだった。 彼女とはまだ、友達でいたい。そう思った。 けど、今はそれよりも考えることがあるか。 斎藤ヨシヱは私の疑問をひとつ解消してくれたが、そのおかげで再び、新たな疑問がまたひとつ生まれてしまった。 ――あなたみたいな人間が誰かに好かれるなんて、不可能よ。 彼女は、そう断言した。 別に斎藤ヨシヱの言っていることを全面的に肯定した訳ではないが、私が人に好かれ難いと言う点については同意出来る。自分のことは、自分が一番よくわかっていた。 しかし私は、現在進行形で私のことを好いてくれている少女を、一人知っている。 田中キリエ。 彼女はどうして、私のことを好きになったのだろうか。 畳に伸びる自身の影を眺めながら、しばらく考えてみたが、私にはやっぱりわからなかった。
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217 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 40 10 ID kVeCnTh+ 昼休みを告げるチャイムが鳴り、教室の空気は一気に弛緩した。 教卓に立っていた教師が去ると、クラスメイト達は弁当を片手にそれぞれのグループで集まり始める。それから、各々が楽しい昼食の時間を過ごす。いつも通りの昼の光景だった。 そんな中、弁当を持参していない私はひとり購買部へと赴く。 教室のドアを開けると、冷気を帯びた空気が室内へ流れ込んできた。一歩先は別世界のように冷え切っている。近くで弁当箱を広げていた女子が非難するように見てくるので、慌てて後ろ手でドアを閉めた。 廊下に出ると、教室の暖房に慣れていた身体が一瞬で粟立った。吐いた息も白い。 そこで私は今朝のニュース番組で、今日は今年一番の冷え込みになります、と女性アナウンサーが言っていたのを思い出した。 昔から、寒いのはあまり得意じゃない。私は両の手で身体を擦りながら、廊下の温度へ適応させるようにゆっくり歩いて行く。 私の横を男子生徒が二人駆けて行った。方向からして、同じ購買部を目指しているのだろう。 元気だなあ、と私は若い子を見て微笑む老人のような気持ちになった。 我が校の購買部は公立学校にしては珍しく数や種類もそれなりに豊富なので、今のようにゆったりと歩いていても、買いそびれるなんてことはまずなかった。 なので、三年生による売買ラッシュを嫌う私はゆっくりと歩いて行くのが常であった。 賑わっている別クラスの教室を横目で眺めながら、のんびりと購買部を目指して行く。 購買部に着いた。いつものように混み合っている部内に三年生の姿は既に無く、二年生と一年生がレジの前に、何重にも折り返した長い列を作っていた。 少し、ゆっくりし過ぎたみたいだ。私はうんざりする。 行き遅れすぎてしまうと、目の前のような、主に二年生による第二波がきてしまい、遊園地よろしく長蛇の列が出来る。混雑の原因としてはやはり、レジがひとつしかないからだろう。 その上、レジは入口付近に設けられているため、部内の商品を買うためには嫌でもこの人工運河を踏破しなくてはならない。 しかたがない、と私は面倒くさそうに息を吐くと、列に割り込んで行った。 218 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 41 12 ID kVeCnTh+ 右手で列を切り裂くようにして中を進んで行く。身体をぎゅうぎゅうと押され息苦しい、窒息しそうだ。 道程、男子生徒が迷惑そうに私を睨み舌打ちをしてきたので、すいませんと謝罪する。なんだか割り込みをしているみたいで、もの凄く申し訳ない気持ちになってくる。早くレジを増設して欲しいな、と私は人波に揉まれながら思った。 元々人込みが苦手な私は、人工運河を渡り切った時には、もうぐったりとしてしまった。一息ついてから、ふらふらとした足取りで菓子パンコーナーを目指す。 昼食にはいつも菓子パンかサンドイッチを購入していた。二つとも数だけは豊富なので売り切ることがないからだ。 今日もそのはずだった。 しかし道中、視界の隅に何かを捉え、思わず足が止まった。余分に進めていた右足を一歩下げる。 そこは、惣菜パンが売っているコーナーだった。惣菜パンコーナーは様々な商品が置いてある購買部でも最も人気がある場所だ。 先程、私は購買部では買いそびれることはないと言ったが、人気がある商品に関しては例外だった。 購買部は一階にある。校舎は四階建てで上から、一年、二年、三年と続くため、必然的に階下にいる三年生達に地の利があり、人気がある商品についてはさっさと買われていってしまう。 我が校は厳格な年功序列制度を採っているのである。 なので、私のような二年生はいつも中堅の商品しか買えない。一年生にしてはそれこそ余り物のような物しか買えないから悲惨だ。 だから、その惣菜パンコーナーにひとつだけ、学内で不動のナンバーワン人気を誇るカレーパンがひとつだけ残っているのは、随分と珍しいことだった。 いつもなら真っ先に無くなってしまうのに、どうしてか今日はひとつだけ残っている。 私は、ぽつんと誰かの手に取られるのを待っているそれをまじまじと眺める。 昔、一度だけ斎藤ヨシヱに頼んでこのカレーパンを購入して貰ったことがあった。その時は、人気のあるミュージシャンの新譜でも聞くような、そんな軽い気持ちで食べたのだが、正直あの時の衝撃は今でも忘れられない。 それから、何度かカレーパンを狙って三年生達と競ってみたりしたが、結局買えたことは一度もなかった。 219 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 42 27 ID kVeCnTh+ 次に食べられるのは進級してからだと思っていたけれど、意外とその時は早かったみたいだ。どちらにしろ、取らない訳にはいかない。 今日はついてるなあ、と私はカレーパンに手を伸ばした。 しかし、その伸ばした手は、突然現れた横合いの手に掴まれた。 私は驚いて、反射的に手を掴んだ人物へと視線を滑らせる。そして、さらに驚くことになった。 腕を掴んだのは、恐ろしい風体の女子生徒だった。軽く巻いた髪は金色に染め上げており、厳つい形をしたシルバーピアスが所狭しと耳を飾っている。 身長は女子にしてはかなり高く、平均的な男子生徒の私と大して変わらなかった。服の上からでもわかるプロポーションの良さが、やけに目につく。 私は突然の出来事に困惑してしまった。 彼女とは面識がない上に、その、私を見る、金色の髪とは対照的な真っ黒な瞳に、明らかに憤怒を感じるからだ。 その瞳は、そこらの野良犬ぐらいなら簡単に殺せそうなほど強いものだった。 自然と腰が引けてしまう。 彼女が怒っているのは一目でわかった。いつもの私なら何故怒っているのかが分からず、小一時間は悩んでしまうものだが、その日は運よく直ぐに彼女の怒りの原因を理解出来た。 私は柔和な笑顔で、彼女に言う。 「これ、食べたいのならどうぞ。私はそこのメロンパンでいいんで」 私のほうが早かったけれど、そんな目で見られては仕方ない。こういう時は女性に譲るのが紳士というものだろう。 空いた手でカレーパンを薦める。 しかし、金髪の彼女はそんなカレーパンには一瞥もくれずに、まだ私のことを睨んでいた。 カレーパンではないのだろうか。途端に不安になる。 その時だった。漸く、金髪の彼女が口を開いた。 「お前、鳥島タロウだな」 突然発したその声は、かすれたようなハスキーな声質だった。 私は軽く頷いて肯定する。 「ちょっと来い」 そう言って彼女はぐいぐいと私を引っ張ろうとした。 「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」 慌てて抵抗しようとするが、彼女の勢いはこれっぽっちも止まらない。女子とは思えない凄い力だった。彼女の中指についている指輪が手首に刺さって非常に痛い。 220 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 43 40 ID kVeCnTh+ 最初こそ踏ん張ったりして抵抗してみたりした私だが、それが無意味だとわかると、さっさと諦めて彼女のなすがままになった。無駄な抵抗こそが一番の無駄なのは知っている。私はずるずると引っ張られていく。 彼女に連れ去られる途中、少し驚くことが起きた。 レジ前に形成されていたあの人工運河が、金髪の彼女が通ろうとした途端に、蜘蛛の子を散らしたように真っ二つに割れたのだ。 みんな、私同様に彼女が恐いのだろう。 昔、“十戒”という映画で主人公のモーセが海を割り、信者を連れて進んで行くシーンを見たことがあったが、今がちょうどそんな感じだった。 私達は割れた海の中を進んで行く。 左右からひそひそ声がサラウンドのように聞こえてくる。金髪の彼女には恐怖を、私には憐憫の念を帯びた視線をそれぞれ送ってくる。 道中、先程私のことを睨んでいた男子生徒が目に入った。さっきの不快感丸だしの目とは打って変わって、気の毒そうな視線を私に送ってきた。 それを眺めながら、私は金髪の彼女に拉致されていった。 連れて来られたのは、体育館近くに設けられている自動販売機群の前だった。 夏ならともかく、冬場で此処を利用する生徒は少ない。校舎内にも自販機があるからだ。 そのためか、幸か不幸かはわからないが、この場には私と金髪の彼女しか居なかった。 誰も居ない場所で女子生徒とふたりっきり。 なんだろう。つい最近そんなシチュエーションがあった気がする。 そんなことを考えていると、突然私の腕が引っ張られた。そのまま身体ごと自販機のひとつに押し付けられる。背中を強打し、ぐえっと情けない呻き声が漏れた。 金髪の彼女は私のネクタイを掴んで、先程のように睨めつけると、短く言った。 「どうして、キリエをフッたんだ?」 「キリエ?」 と、問い返した私に金髪の彼女が激昂した。 「惚けんなっ!」 噛み付かんばかりの剣幕で叫び立てる。背後にある自販機のガラス板が震えたのを、背中で感じた。 「お前が昨日、キリエのことをフッたんだろうがっ」 「……ああ」 221 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 44 49 ID kVeCnTh+ そこでやっと思い出した。彼女が言うキリエとは、どうやら田中キリエのことらしい。昨日、という言葉で思い出した。 確かに私は昨日、田中キリエに放課後の教室で告白された。彼女の気弱そうな姿態が瞬時に脳内に再生される。あまり関心がなかったのですっかり忘れていた。 それはさておき。まさか金髪の彼女の口から田中キリエの名が出るとは思わなかった。口ぶりからして、おそらく彼女は田中キリエの友人かなにかなのだろうけど。それにしたって、性格も体格も随分と正反対なものだ。一体どういう経緯で友情関係を結んだのだろうか。 ネクタイを締める力が一段と強くなった。早く話せと言うことなのだろう。それにしても苦しい、呼吸するのが難しいくらいだ。これじゃあ話す云々以前の問題である。 私は懇願するように言った。 「わかりましたわかりました。話しますから、まずそのネクタイを締めるのを止めてもらえませんか?苦しくて仕方がないですよ」 「…………」 しかしこれを完全にスルー。 マズイ。早めに会話を切り上げなくては、自分はこのままでは生命の危機に直面することになってしまう。 私は彼女の瞳を見据えて話す体勢に整えると、切れ切れの声で言った。 「私が田中さんの告白を断ったのは、彼女があまりに私のことを知らないからですよ。私は本来、人と付き合えるような人間じゃあないんです。それを田中さんは知らない。彼女は上辺の私しか見ていない、だからです」 「それだけか?」 それだけ、というのは随分と引っ掛かる言い方だが、一刻も早く解放してもらいたい私はすぐに首肯した。 「……そうか」 ネクタイを締める力が一気に弱められた。瞬く間に身体に酸素が供給される。 やっと解放された、と思った時だった。 油断したのがいけなかったのだろう。 金髪の彼女が、空いたほうの手で私の無防備な腹を殴り上げるのに、私は反応出来なかった。 腹部に激痛が走り、数秒の間息が出来ない。口元を手で押さえて、胃から逆流してくるものを慌てて飲み込む。何も食べていなくてよかった。 222 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 46 13 ID kVeCnTh+ 体も崩れ落ちそうになったけれど、そんなことをしたら本当に脈が締まってしまうので、自販機に寄り掛かるようにしてなんとか体勢を保つ。 突然、何をやるんだこの人は。 私は金髪の彼女を見た。 「そんな理由で……キリエは」 そんな私のことには気にもかけず、金髪の彼女は独り言のようにごちていた。 そして、キッと視線を上げると言った。 「キリエはなあ、ずっとお前のことが好きだったんだよっ。それこそ高校に入る前からずっと、それをなんだ?そんなくだらない理由でキリエの気持ちを無下にしやがって何様だお前はっ」 彼女は私を責めるように言った。 しかし、怒る彼女をよそ目に、私は今の言葉に違和感を感じていた。 「……ずっと前?」 それはおかしい。 私が初めて田中キリエと出会ったのは二年で同じクラスになった時からである。それ以前は、少なくとも私は、彼女とは面識がないと思っていた。 田中キリエとは中学校、小学校共に違っていた。なので、一年からならまだしも、入学以前から好いているというのは絶対におかしいのだ。彼女が私のことを知っているはずがない。 「あの……」 と、金髪の彼女に質問してみようと思ったが、とてもそんな雰囲気ではないので諦める。触らぬ神になんとやらだ。 それから、長い沈黙が流れた。 私も彼女も何も言わない。 そして金髪の彼女が唐突に、今まで掴んでいたネクタイを離した。 突然のことで驚いたが、やっと訪れた自由に私は内心喜んだ。 金髪の彼女はスカートのポケットからタバコを取り出すと、慣れた動作で火を点け、紫煙をはきだす。 未成年の喫煙は法律で禁じられていることを伝える勇気は、勿論ない。 「キリエと付き合え」 彼女が口を開く。 「お前が人と付き合えるような奴じゃないって言うのには同意するよ。ひ弱だし、何考えてるかわかんないし、確かにどう見たってクズ野郎にしか見えない」 ひどい言われようだ。 223 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 49 23 ID kVeCnTh+ 「けど」 彼女は短くなったタバコを地面に落とし、踏みにじって火を消した。 「私はキリエに結果をあげたいんだ」 「結果?」 「そう、結果だ」 金髪の彼女は続ける。 「キリエはお前が思っているよりも、本当に長い間お前のことを想ってきたんだ。本当に、ひたすら一途に。それが、必死の思いで告白したのに、断られてハイ終わりじゃいくらなんでも悲しすぎる。私だって納得がいかない 「変な言い方になるが、正直私はお前がクズならクズで構わないんだ。それでキリエが、ああ私が好きになった人はクズだったんだなって分かれば、キリエだって納得するさ。それならそれで、さっさと別れちまえばいいんだからな。 「お前は、キリエが自分のことを知らないから断ったって言ってたけど、お互いのことを知らないなら付き合ってからお互いのことを知っていけばいいだけの話だろーが。それぐらい気づけ馬鹿。 「とにかく、私はこのままキリエの恋が終わるのは絶対に嫌だ。これは、アイツが初めてした恋だから」 金髪の彼女は悲痛な表情のまま、新しいタバコに火を点けた。どうやらもう話は終わりらしい。 私は彼女の言葉を頭の中で反芻し、吟味し始めた。 つまり、金髪の彼女が言いたいのは、田中キリエは長年私のことを想ってきたのにもかかわらず、私が自分勝手な理由で拒絶してしまったので、このままでは田中キリエも金髪の彼女も納得しない形で終わってしまう。 だから、とりあえず付き合って何らかの結果を出せ、ということなのだ。 確かに、その通りなのかもしれない。 現に私は昨日、田中キリエの告白を断った時、彼女の想いなど全く考慮に入れていなかった。自分は人と付き合える筈が無いと身勝手な結論を振りかざしていただけだ。 言うまでもなく、それは不誠実なのだろう。 お互いを知らないなら、付き合ってから知っていけばいい。 金髪の彼女はそう言った。その発想は私の中になかったが、確かにそれもひとつの恋愛の形なのかもしれない。 224 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 51 00 ID kVeCnTh+ 二本目のタバコも吸い終わった彼女は、イラついた目で私を見た。早く返事をしろと目で促している。 そんな彼女を見て、私は思う。 羨ましいなあ。 私は田中キリエに対して素直にそう思った。 目の前の彼女のように、これほどまでに友人のことで、熱心に悩んでくれる人間は、現代の日本にはそういない。皆、どこかで自分を優先してしまうからだ。しかし、彼女にそれがない。 私には親友と呼べるような存在がいない。なので、それがより一層羨ましいと思えた。 けれど、そこに妬みは無い。言うならば、希少な宝石でも見るような気持ちだった。 「わかりました、彼女に再度、交際を申し込みましょう」 私は幾分か愉快な気持ちになれたので、快く彼女の提案を受け入れることにした。 「今日の放課後にでも、田中さんに告白します」 「放課後?」 金髪の彼女は怪訝そうに聞いた。 「お前、キリエの家知ってるのか?アイツ今日学校休んでんだろ」 「そういえば、そうでしたね」 全く知らなかった。 「それじゃあ明日にします」 と私が言うと 「いや、今日行け」 金髪の彼女はきっぱりと言った。 「私はキリエの悲しんでいる顔を一秒でも長く見たくない」 彼女は本当に田中キリエのことが好きなんだな、と私は益々嬉しくなる。 「わかりました。それじゃあ田中さんの住所を教えてもらえますか?」 そう言うと、金髪の彼女は田中キリエの住所を述べた。口頭だったので大変だったが、なんとか覚えた。 「今日、絶対にキリエに告白しろよ。わかったな」 「ええ、わかりました」 金髪の彼女は最後にそう念を押すと、私に背を向けて歩き出した。これで本当におしまいらしい。 「あっ、そうだ」 しかし、そこで彼女は思い出しように呟くと、私の近くまで戻ってから言った。 「あと、これは個人的な感情」 そう言って彼女は、右足を軸にくるりと一回転した。回し蹴り、と頭が認知した時には、彼女の左足が私の右側頭部を貫いていた。 225 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 52 09 ID kVeCnTh+ 白い光が眼前にはじけ、世界は一回転する。 地面にたたき付けられた。口内で血の味が広がる、少し切ったようだ。 まだ回り続けている視界の中で、金髪の彼女は私の髪を引っ張り、無理矢理顔を上げさせた。 「色々と言ったが、はっきり言って、私はお前みたいな野郎がキリエと付き合うのは堪らなく嫌なんだよ。本当、腸が煮え繰り返そうだ」 真っ黒な瞳が、私を見る。 「いいか、覚えとけよ。もしこの先、お前がキリエを悲しませるようなことをしたなら、私はお前を――」 彼女は一拍置いて 「――殺す」 髪から手を離され、私の顔は再び地面に戻った。そして、憮然とした態度で去って行く金髪の彼女を見上げる。短いプリーツスカートから、下着が見えた気がした。 そして冬空の下、私だけが残った。 帰ろう。そう思って立ち上がろうとするが、膝ががくがくと震えて立ち上がれない。おそらく、脳震盪だろう。 仕方がないので、そのまま冷たい地面に横たわった。 脳震盪は安静により短時間で回復できることを、私は知っていた。短く逆立った雑草が、頬をちくちくと刺して不快だったが我慢する。 ――それにしても。 殺すと言った時の、金髪の彼女のあの真っ黒な瞳を思い出す。 心底、震えた。びっくりした。さっきのは脅しでも冗談でもない、間違いなく本気だった。 私は本気で殺すと言った人を見るのは始めてだった。遅れて、冷や汗がどっと吹き出す。 どうやら私はひとつ思い違いをしてたみたいだ。 金髪の彼女が田中キリエに対して抱いていたのは、友情ではなく、異常なまでの愛情だった。いや、依存心かもしれない。いずれにせよ、普通ではない。 ひとつ、確信する。もし、私が本当に田中キリエのことを悲しませるようなことをしたならば、彼女は間違いなく、私を殺すだろう。 「困ったな」 これから先、田中キリエと付き合っていくことを考えると、うんざりした。これからは死と隣り合わせである。 その時になって、漸く私は自分が面倒な事態に巻き込まれているのだと、自覚した。 「くわばらくわばら」 そんな独り言と共に、私はゆっくりと瞳を閉じる。 近くの体育館から、バスケットボールを楽しむ生徒の声と上履きの摩擦音が響いていた。 226 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 52 55 ID kVeCnTh+ 結局、教室に戻った頃には、もう昼休みも終盤を迎えていた。 私は制服についた汚れを落とし、水道水で口をゆすいでから教室へと向かった。 何だか、今日は散々な昼休みだった気がする。体中が痛むし、胃袋も先程から食物を切望して、悲しく鳴いていた。 まあこんな日もあるさ、と切り替える。 変わったことが起きた。 教室に着いて、ドアを開けるとクラス中の人間が一斉に私のことを見た。 視線の矢が何本も突き刺さり、思わずどぎまぎしてしまう。けど、人気者になったみたいでちょっと嬉しい。 比較的仲の良い男子生徒の何人かが、私のほうに寄ってきた。そうでないものも皆、私に注目している。 「おいタロウ、お前昼休みにマエダカンコに拉致されたって本当かよ」 取り巻きのひとりが口を開く。 「聞いたぜ、マエダに購買部で引っ張られてって、どっかに連れてかれたんだろ?ウチのクラスにも何人か見たって奴いるぞ」 マエダカンコというのが、あの金髪の彼女の名前だというのにはすぐに気付いた。 「はい、本当ですよ」 「マジかよっ」 クラスが一段とざわつく。 「お前、一体マエダに何されたんだっ」 「それはもう、ヒドイ目にあいましたよ」 ふて腐れるように言う。 本当にヒドイ目にあった、彼女のせいでカレーパンどころか昼食もとれなかったのだから。 私がマエダカンコに連れ去られたとわかった途端に次々と質問がとんできた。 「具体的には何されたんだよ」 「一体、マエダとはどういう関係なんだ?」 「なんでお前生きてるんだ?」 某太子と違って一度に多数の質問を聞けない私は、矢継ぎ早の質問に目を回してしまう。 そんな私に助け舟を出すように、予鈴のチャイムが鳴った。皆、まだ聞き足りないといった感じだったが、渋々席についていく。私もほっとして自分の席に戻っていった。 227 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 54 48 ID kVeCnTh+ 教師はまだ来ないようだった。次の授業を担当する数学教師は時間にルーズなことで有名であり、いつも遅れてやってくる。 暇を持て余した私は、せっかくなので隣の席の男子生徒にマエダカンコについて聞いてみることにした。 「マエダカンコ?タロウ、お前マエダも知らないのかよ。アイツほどの有名人、この学年じゃ知らない奴はいないと思うぞ」 「すいません、無知なもので」 私は苦笑する。そんなに有名人だったのかあの人。 「まあ仕方ないか、アイツが本格的に有名になりだしたのも、つい先月からだしな」 話す気が起きたのか、男子生徒は椅子を私の眼前にまで寄せた。それから、マエダカンコについての情報を耳打ちする。 「マエダカンコ、二年一組所属。素行はかなり悪い。学校では誰ともつるまずに一匹狼を貫いている。元々、アイツもあんなナリしてるから学内ではそこそこ有名だったんだ。平然と教室でタバコ吸い出したりするしな。 「まあ、それだけなら何処の学校にでも居る不良ちゃんで終わるんだが、先月にある事件が起きてから知名度が一気に撥ね上がった」 「ある事件、ですか?」 私は繰り返す。 「ああ。ほら、マエダって中身はともかく、顔とかスタイルとかはスゲエいいじゃん?だから、前々から三年生の先輩達、あっちなみにこれも中々のワルね、が結構ナンパまがいのことをしてたわけよ」 関係ないが、彼が話す度に耳元に生暖かい息が吹きかかって、なんともこそばゆい。背筋がぞくっとする。 「けど、マエダはそんな先輩達を全く相手にしなかったんだ。そりゃもうガン無視。で、先輩達も遂に怒りが天に達しちまって、ある日の放課後、マエダをどこかへと連れさったらしいんだ。それが、ちょうど先月のこと」 「それで、マエダさんはどうなったんですか?」 男子生徒は待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑った。 「それで、マエダカンコがどうなったかというと――」 228 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/19(月) 07 56 20 ID kVeCnTh+ 勿体振るように長い間を置いてから、芝居がかった口調で言った。 「――全治ニヶ月。それもマエダじゃなくて先輩達のほうがな。みんな病院送りだよ。まあ流石にやったのはマエダじゃなくて、アイツの知り合いかなんかだろうけど、それにしたってやり過ぎだ。 「だからそれ以来、マエダカンコはキレたら何するかわからない奴だって言われて、みんなびびっちまってるのさ」 これで終わりだと言うように、男子生徒はパンと手を叩いた。 ちょうどその時、黒板側のドアが開き、数学教師が入って来た。狙ったようなタイミングの良さだ。 「また後でな」 男子生徒はそそくさと自分の席へと戻っていく。私も机の中から教科書とノートを取り出した。 授業が始まり、黒板にチョークを走らせる音が室内に響く。授業に集中している者はノートをとり、そうでない者は腕を枕に眠っていた。 そんな中、私はマエダカンコのことを考えていた。 三年生の先輩方を病院送りにしたのは、間違いなくマエダカンコだろう。それはゆるぎのない確信だ。 あの回し蹴りが脳裏をかすめ、思わず身震いする。 男子生徒の話を聞いて、ますます私が殺される確率が上がった気がする。 嫌だなあ、と思いながらノートをとる。まあ悩んだって仕方はない。今は、田中キリエへの告白について考えよう。 そして、私は自身の初告白の言葉を思い浮かべていく。 この時、私はひとつ見落としていることがあるのに気づいていない。 私は、田中キリエがどんな人間なのかを全く理解していなかったったのだ。